リレーコラム第2周『夏休み』


夏休み

今年の夏休みは例年よりもなんだかたくさん学校に行っている。普段学校で練習する人も多いが、わたしは家で弾く方が好きなので、休みとなるとめっきり学校に行かなくなるのが常なのだが、この夏は定期券を購入するほど登校している。教職課程の授業が休み中にあったり、学祭の出し物の練習があったり。

真夏の上野公園は太陽の光で真っ白に見える。噴水を見ても涼しく感じられないくらいに暑い。木が生い茂っているため公園内の湿度は極端に高く感じられるし、汗はだらだら、きっと背中のケースの中でヴァイオリンも汗をかいているに違いない。弾くと湿気にやられた音がする。


夏休みだから1

とあるオケの練習の帰り道、友人とふたりでお昼ご飯を食べて帰ろう、という話になった。いつもは学食だけれど、夏休みだし。どこかよそへ行こうじゃないか、と。

そんな時。音楽学部と美術学部を隔てる道路を渡ったところで、展覧会に行きたかったのを思い出した。お昼には少し早い。友人を誘って「美校側」に足を踏み入れる。レンガ製の陳列館で先端芸術表現科3年生の展示会が開かれていた。

同じ大学で学んでいても、科によっては何を勉強するところなのかちっとも知らないことがある。音楽学部なら、音楽環境創造科がその代表か。あるいは、指揮科や作曲科、楽理科あたりも普段どんな勉強をしているのか、よく訊かれるかもしれない。

それらの科の気になる授業はいつかの話題に譲るとして、先端芸術表現科『デルタ展』である。名前からはどんな作品を作るのか想像しづらい科だから気になっていた。

立体あり、平面あり、染物あり、写真あり、映像あり、アニメあり。果ては、来場者の服のホコリを寄付してもらって日々変化していく作品や、作品のかけらを来場者が持ち帰ることで完成する作品もあった。わたしたちはそれぞれの作品に歓声を上げながら見て回った。誘った友人も楽しんでくれたようだ。道路を越えて、各科の美術展にもっと足を運ぼうと思った。


夏だから

日々暑いので、人を募っては学食にアイスを買いに行ったり、近所の喫茶店でかき氷を求めたりする人が大量発生している。わたしも先の友人とその1週間前に、かき氷を食べに行った。

大学近くのカヤバコーヒーで、B5のノートと同じくらいの高さがあるかき氷を頬張った。 片やレッスン終了後、片やこれからオケの練習、そして翌日はお互い副科の試験を控えていたので景気付けである。

苦みがかなりきいた抹茶味。わたしはぱくぱく食べ進めたが、彼女は時おりきーーんとしながら、時おり苦みを中和すべく練乳をかけながら氷と格闘していた。食べ終わってから、次回は甘いシロップにする、と彼女は神妙な面持ちで言った。


夏休みだから2

さまざまな科が屋台を出していいにおいをさせ、大きな神輿が飾られていたり、愉快なタイトルの演奏会や美術展があったり……

去年は用事があってまったく学祭に参加できなかったため、学祭と言えば附属高校時代に大学構内を少し通ったことしかない。それだけでも祭の楽しげな雰囲気と大学生のパワーは充分伝わってきた。

100円で先輩から買ったりんごジュースを飲みながら、わたしも大学生になったら何かするのかな、と想像を膨らませたものだった。

今年は各企画の友人や先輩から声をかけていただき、ご縁あって3つの演奏会に出ることになった。実質初めての学祭だ。


ところで、藝大の学祭は藝術祭、通称藝祭と呼ばれている。

まずA.シュニトケの作品を演奏するオーケストラ。『ハイドン風モーツァルト』という風刺モノは耳で聞いて目で見ておもしろい作品だ。そして「オラトリオ『長崎』」。この企画に関わることになってわたしは初めて『長崎』を聞いたのだが、あまりのすごさに圧倒されてしまった。もちろん、長崎の原爆が題材に取られているのだが、飛行機の音や爆撃のシーンの描き方があまりにリアルなのだ。音がそのものなのである。弾いてて鳥肌モノだ。シュニトケ、恐ろしい男……!

そして作曲科の同級生の新曲発表。普段わたしは、現代音楽好きー! と言いつつも新曲発表は初めてである。これは昨年、現代音楽のコンクールに出た時の演奏を偶然同級生の彼女が聴いていて、今回声をかけてくれたそうだ。

現代音楽を演奏することに抵抗がある人が多い中、喜んで弾くようなわたしはちょっぴり変わり者だ。彼女は同期の中で一番現代現代した曲を書くと言う。聞けば作曲科の学生の中でも書く曲の好みがそれぞれずいぶんはっきりしていて、それは本人たちにとっては当たり前のことなのだろうが、驚いた。ロマン派が好きな人も、バリバリの現代物を書く人も同じ学年にいる。様々な時代が共存しているなんて、おもしろいことだと思う。

最後はオルガンとのデュオだ。こうして演奏することになるまで、オルガンとヴァイオリンにデュオがあることすら知らなかったので、どんな立ち位置で弾くのかすら想像つかなかった。重奏での奏者の配置は結構大切で、なおかつ、案外難しい。ヴァイオリンのパート譜が2ページに対してスコアは6ページ。最初にスコアをもらった時、一段に並ぶ五線がピアノよりひとつ多いだけでびびってしまった。オルガニストって大変……単旋律楽器の学生は、複線を読むのが少しニガテだ。


ーWebアッコルド「音楽 × 私」より 2013年8月28日掲載


リレーコラム共通質問

Q 楽器奏者の道を選んで良かったな、と思う瞬間は?

A 音を奏でている瞬間。 曲に入りこんで弾いている時って、異常な集中力と、非日常な時間の流れがあります。それは演奏家しか味わえないものだと思うのです。一種覚醒したような。そんなスイートな時間を感じられるようになるまでには、練習がたくさん必要なわけですけれど…おいしいものって安くないんですね。