リレーコラム第3周『ドキュメント・オブ・シュニトケ』

「ドキュメント・オブ・シュニトケ」

9月7日、東京藝術大学藝術祭2日目。わたしはA.Schnittke記念オーケストラの公演「死と変容〜原爆から平和へ〜」にオーケストラの一員として参加しました。

曲はオール・シュニトケ・プログラムで『ハイドン風モーツァルト』、「オラトリオ『長崎』」、アンコールに『ファウスト・カンタータ』の抜粋。『長崎』が日本で演奏されるのは読売交響楽団の日本初演以来のことです。

今回は趣向を変えて、この演奏会の企画の主宰・飯野和英さん(東京藝術大学大学院 3年 ヴィオラ)、と指揮者・川崎嘉昭さん(東京藝術大学 4年 指揮)へのインタビューをもとに、企画のはじまりから本番までをドキュメンタリー風に追ってみました!


寒い寒い、冬のある日から始まった 

川崎さんが飯野さんから指揮を依頼されたのは昨年暮れ。指揮科にとって藝祭は学生のオーケストラを振ることができる数少ない機会。川崎さんはふたつ返事で引き受けた。シュニトケの作品で、大きな編成で、あまり演奏されなくて…… 説明は聞いたものの、まだこの時はそれが恐ろしく難しくて大変な曲とは思わなかった。

もともと飯野さんはシュニトケが大好きだった。ヴィオラ協奏曲がきっかけでありとあらゆる作品を聴いた。奇妙なリズムや不協和音が病みつきになる器楽曲、反対に宗教色が濃く賛美歌を想起させる声楽曲。どちらも好きだが、オラトリオやカンタータは両方を一度に味わえる。大学院も今年で終わり。せっかくなら何か大きな計画を成功させて、自分がここにいた爪痕を残したい。大好きなシュニトケの良さを知ってほしいという気持ちもあり、読響の演奏を聴いて感動した『長崎』を学祭でやろうと、飯野さんは決意した。それまで一度も学祭には積極的でなかった飯野さんにとって、これは大きな決心だった。


なんて大きなオーケストラなんだ

企画を立ち上げて早々に壁にぶつかった。人が集まらない。作曲者の名を口にすると敬遠され、断られる。現代音楽と学生の間に思いの外深い溝があった。学部生だけでは集められず、学祭なんて参加しなそうな院生にも勇気を出して聞いてみると、意外にも快く乗ってくれる人が見つかり、100名近いオケを揃えることができた。合唱も本来は250人規模であるが80人で妥協し、初回の練習までになんとか集まった。

実は人集めの最中、会場の奏楽堂の舞台に人が乗り切らないことが発覚した。川崎さん曰く、これは過去10年の藝祭でもっとも大きな企画。飯野さんは奏楽堂スタッフに掛け合った。どうしてもやりたい。人集めと並行して交渉を続け、余程のことがないと使用できない、オーケストラピットを舞台と同じ高さにする仕組みを使えることになった。

楽譜を読み始めてから、川崎さんは「事の重大さに気づいた」と言う。ほとんどの科が乗るほどの大編成。変拍子パラダイス。きっと最初は誰もが弾くだけで精一杯だろう。

7月末、オーケストラのみでの初練習が行なわれた。参加人数は芳しくなく、ホルンは本番同様8人いたがヴィオラに至ってはひとり。これが藝祭特有の難しさだ。藝祭の練習は夏休みに行なうが、休み中はそれぞれの学生が講習会やコンクールに大忙しで、藝祭の練習は二の次になる。管楽器は一見多いがこれは代奏を立ててくれたからである。今回練習に来た人が次回の練習にも来る保証はない。そんな状況の中、全員にまんべんなくこの曲の良さを伝えるのは大変なことだと川崎さんは思った。

しかし実際に振ってわかった『良いところ』もあった。長崎を描いただけに、旋律やリズムなど随所でごく日本的な感触がある。「これは僕ら日本人の肌にすごくなじみのいい音楽だな、という感じがした」と川崎さんは言う。


戦場は、他でもない、ここだ

とはいえ練習は過酷だった。とにかく人が来ない。オケメンは他の練習もある。練習場所は狭い。冷房は効かない。それでも練習の回を重ねるごとに人数が増えて、アンサンブルは難しくなる。5拍子、7拍子、4分割の9拍子。大編成ゆえ、ただでさえ縦を揃えるのが大変なのに、変拍子のせいで難易度はより上がる。

合唱もしかり。少ない時では10人ほどしか集まらない。歌詞はなじみの薄いロシア語。院生でロシアと日本のハーフの人の声で発音を吹き込んだ音源を作った。その人のお母さまに、実際に指導にも来ていただいた。その方は指導中、歌詞を読みながら、そのあまりに悲しい詩に涙したという。そのエピソードを聞いてオケのメンバーも、自分たちが弾いている曲はそんなに悲愴な音楽なんだと気づいて、強いメッセージ性のあるこの曲を絶対に成功させたいという思いが強くなった。


170人の祈り

連日準備があり、だれにとっても大変な日々だったが、演奏は次第に充実感を得られるようになっていた。本番前最後の練習の仕上がりは実際なかなかよかったと思う。飯野さんはその日の解散前に、メンバーへ感謝の気持ちを伝えてから当日の業務連絡をした。みんなはまだ早いと笑ったが、飯野さんにとってはそれがその時の心からの気持ちだった。

当日は17時15分開演のところ14時半から会場入りして、客席前方数列分の椅子を一度オーケストラピットごと下げて床下に収納してから、オケピットを舞台の高さに上げた。奏楽堂の顔・パイプオルガンとの合わせはゲネプロが最初で最後。舞台が伸びたら客席が少なく見えたが、ふたを開けてみれば普段はなかなか埋まることなないバルコニー席にもお客さんがたくさんいた。

1曲目『ハイドン風モーツァルト』。薄明るい照明の下、不調和な音楽が始まる。怪しい序奏ののち明かりがついた瞬間、喜劇の幕が開けた。モーツァルトの旋律をパロディにして、13人の奏者それぞれが気持ち悪くずれながら曲は進む。弾きながら歩いたり走ったりして、やっときれいな合奏が聞こえたかと思えば再び狂っていき、終いには奏者が舞台からどんどん去っていく。照明が落ち暗闇迫る中、指揮者だけがいつまでもリズムを刻み、最後まで弾いていたチェロとコントラバスもついに音楽をやめると、真っ暗な舞台に指揮棒が譜面台を叩く音だけが残った。

舞台転換を経て、メインの『長崎』。この曲が今夜日本のここ上野で演奏される。届けたいメッセージがある。口には出さないが誰もが使命感に似たものを感じていた。川崎さんが棒を構える。その姿は武者震いしているように見えた。

始まったら最後、信じられるのは自分だけと川崎さんは言う。それは決して奏者を信頼していないという意味ではなく、自分の力で進んでいかなければならない、という意味だ。すべての奏者が、川崎さんを信じて弾いている。その信頼をまとめあげるのが川崎さんの仕事だ。

飯野さんは、一度しか合わせられなかったパイプオルガンと、うまくアンサンブルを取れるか心配していた。出だし、オルガンのハーモニーと共に流れる悲しみのテーマ。客席へ伸びる音を聞いて、残酷さを抱えた荘厳な響きに酔いしれた。暗い旋律を奏でつつも、自分の企画が実際の音楽となって完成していく様子に、幸せを感じずにはいられなかった。

テーマ・長崎と原爆とを提示する1楽章。長崎の爽やかな朝を描いた2楽章の歌詞は、島崎藤村の詩『朝』が用いられている。そこへやってくる飛行機の音から3楽章が始まる。爆弾が街へ落とされる。きのこ雲。狂ったような管弦楽。街は荒れる。4楽章、メゾ・ソプラノのソロによって子を失った親の悲しみが歌われる。そして平和を讃える壮大な5楽章がパイプオルガンを伴った全合奏で締めくくられた。

終わった。川崎さんは空中で棒を止め、奏楽堂の長い残響を聴いた。ゆっくり腕を下ろしていく。音が止んでから5秒は沈黙が流れた。拍手が来ない。オケのメンバーはお互いに顔を見合わせながら、大役を終えた川崎さんに拍手をした。次第に客席へ拍手が広がって、気がついたら舞台に向かって大きな拍手が向けられていた。

『ファウスト・カンタータ』から抜粋したアンコールは、肩の荷も下りて、川崎さんはとても楽しく振った。魔女の声や迫り来るゾンビ、ファウスト博士を襲う悪魔を全身かけて表現した。指揮者は、手、足、顔…体の隅々まで使って自分がほしい音のイメージを発信する。これはこの曲だけでなく、川崎さんの指揮のポリシーだ。多いに盛り上がり、たくさんのブラボーと拍手をいただいて終演した。


戦いを終えて

余韻に浸る間もなく、奏楽堂撤収の音頭を取らなければならないのが主宰の辛いところ。飯野さんがほっとしたのは打ち上げでビールを飲んだ時だった。初めて自分で演奏会を企画した。人集め、楽譜の手配、練習場所押さえ…… 演奏以外のことがとにかく大変で、ひとつの演奏会をするのに多くの人が関わっていることを改めて実感した。今回本当にたくさんの人の協力を得られたことに感謝すると同時に、嬉しかったと言う。

「空白の15秒」については様々な意見があった。あまりの迫力に圧倒されて、なかなか拍手ができなかった、という感想が多くありがたかったが、中には切れ目なく続く楽章があったから終わりがわからなかったという声もあった。プログラム・ノートに4楽章はメゾ・ソプラノのソロと書いたから伝わるかなと思ったのだが、2・3楽章が続くことを書きそびれたのを飯野さんは少し悔やんだ。しかし、日本でこの曲を弾くのは2回目、このような出来事すら、知られていない曲を演奏するおもしろさかもしれないとわたしは思う。

もし。楽譜や資金や会場やら何やらすべて都合がついて、また機会を作ることができたなら。シュニトケ・シリーズをやってみたいな、と今飯野さんは思う。アンコールで弾いた『ファウスト・カンタータ』を全曲やるもよし、あるいは…… ひとつ終えて、夢は広がる。


ーWebアッコルド「音楽 × 私」より 2013年9月25日掲載


リレーコラム共通質問

Q 他の楽器を弾いてみたい、習ってみたい、と思ったことはありますか?

A 目にする楽器はどれも、弾いてみたいと思ったことが必ず一度はあります。今興味があるのは、シンセサイザーと二胡です。間近で実演を見るとすぐに自分もやってみたくなってしまう性格なのです。ちなみに今実演を見たいと思っているのはテルミンです。