リレーコラム第5周『ヴァイオリンを弾く少女』

ヴァイオリンを弾く少女

初めて母校に演奏をしに行った。中学校でヴァイオリンを弾いたのは卒業直前の一度きり、いや、それは音楽室に眠っていたさみしげなスズキのヴァイオリンを休み時間に遊びで弾いていたのを除けば、だが。中学3年生最後の学活の時間に弾いた時、クラスメートが予想以上に真剣に耳を傾けてくれたのがとても印象的だった。だいたい、誰かしら外を見ていたりぼーっとしていたり…クラス全員が揃って顔を上げていることは少ない。自分も窓の外を眺めるのが好きなたちだった。ヴァイオリンという楽器がよほどものめずらしく、興味をそそったのだろうか。地方だからかもしれない。といって、わたしはまだその土地に住んでいるので、そろそろこの楽器への認識が広まればいいな、なんて思わないこともないのだが…。

現役の中学生に触れて、当時の感覚が思い出された。記憶力が無駄に良いせいでわりと詳細にいろいろ覚えているつもりだったが、当時のフィーリングや感覚はすっかり忘れていた。さすがに少しは大人になったということなのだろうか───


わたしが中学生だったころ

わたしたちの世代はゆとりにどっぷり浸かっている。小学3年生の時に「総合」という科目ができた。藝大附属音楽高校も例に漏れず、実は時間割りに「総合」がある。

総合的な学習の時間、いわゆる総合の時間で何を行なうかは、各学校の裁量に任されているが、わたしの中学はその時間を「縦割り総合」と呼んでいた。ダンスや演劇、和太鼓に工芸、フラワーアレンジメントやボランティアなど、多種多様なコースが用意されていて、そこから自分で好きなものを選択する。学年を越えて同じテーマに取り組むスタイルはクラブ活動さながらで楽しかったし、総合の時間をうまく活用した例だと思う。

わたしは1年生の始めの希望調査で、第一希望を壁画コースにしたような覚えがある。その後各コースの説明会があり、1回目の調査の結果、壁画は倍率が高いので抽選を行なうことを知って面倒に思い、最終希望調査でそれまで第二希望だった文学研究を1番に書いた。文学研究は人気がなかったため、あっさり決まった。

入ったはいいものの、他の人は抽選にあぶれたような人ばかりで、本当の文学好きは2、3人といったところ。教室に漂う残念な空気に動揺を隠せなかったが、文学も大変好きであったので、わたしは真面目に研究に取り掛かった。好きな小説を何冊か選んで比較し、なぜそんなにおもしろいと感じたのか考えた。その結果を元に下半期の活動はオリジナルの小説づくりをした。前期の活動と後期の活動を「研究の結果を元に」なんて無理に繋げたけれど、本当のところ行き当たりばったりの文学研究だった。それでも偶然図書館で見つけた「贋作」というものに挑むことにして書いた小説を文化祭に出したら予想外に好評で驚いた。

贋作とは、既存の小説の続編を作者でない人が書いたものを言うのだが、それは作者が違うと思わせないくらいに原作のスタイルを踏襲していないと、「贋作」とは呼べない。自分の小説に、ある人気小説の登場人物が出てきて活躍する場合は、贋作ではなくパロディになるらしい。

当時わたしは偕成社のシャーロック・ホームズシリーズの完訳版を図書館で借りて全編読破計画を進めていた。古畑任三郎や相棒といった刑事ドラマが昔から好きだったので、シャーロック・ホームズに興味を持ったのも自然な流れだった。贋作というものはそのあとがきで知った。ならば、ホームズシリーズの贋作を書いてみようか…?  それまで創作は足踏み状態であったが、思いついてからは早かった。おもしろかった、という感想をいただいて味を占めたわたしは、あとの2年間も文学研究を選択する。翌年からは創作一本に絞って、2年生では学園ものミステリーを、3年生の時はコメディを書いた。ミステリーの方は評判がよかったが、コメディは見事にこけて、長々書いたが自己満足に終わった。

自分の創作だけでなく、他の人の研究を見るのも勉強になった。文学研究では、オリジナルの小説を書く人と、ひとりの作家を取り上げて、調べたことをまとめて文化祭に出す人がいた。一年目に一緒になった先輩は、半分以上が第二・第三希望で文学研究に来た人で、みんなかなりやる気がなかったが、そのうち先生の勧めにしたがって、近代日本の文豪をひとりずつ選んで、作家の生き様や作品を模造紙にまとめていた。

始めのうち、男の先輩たちは先生に追い立てられ、かったるいなぁ、という様子で図書室に向かった。資料を借りて大事そうなところを書き写すものの、つまらなくなって遊び始めて、その先が全然進まない。それを見てあきれた先生は、資料の選び方からお世話して、図書室の机に先輩たちを離れて座らせて研究を手伝った。新しいことを見つけないと研究とは言えないよ、そう言って先生はぐだぐたな3年生に喝を入れたが、当時のわたしはその言葉に目から鱗が落ちる思いだった。

所詮、普通の中学生が、やれ図書室だパソコンだと言ったところで、すでに周知されていることしかわからないに決まっていると思っていた。けれど、発見とは地道な下調べに支えられているものである。ならば、一中学生が「新しい何か」を見つける可能性だって、大いにあるということではないか───。


大人の階段

今よりも夢があった。なんでだろう。初めて座った体育館の父兄席で、文化祭の大トリを飾る全校合唱に耳を傾けながら、20歳目前のわたしは考えた。高い天井を見上げる。

あの頃は、家と学校が"世界"だった。第一志望の学校は東京にあるんだ、高校は東京に行くの、と大都会への憧れを膨らませた。もちろん東京には、レッスンだ演奏会だ、と何度も行っていたけれど、それでも憧れた。まだ見ぬ広い世界を思いながら、じっとしていられない若い翼は、空想の世界を飛び回った。

中学生のきれいな声に、自分の中学生時代の記憶が刺激されて、いろんな思いが鮮明に蘇った。もしかして、歌がうまいと言われていたわたしたちの学年よりもきれいな声をしているかもな、なんて思いながら、中学時代に思いを馳せる。まるで、きのうのことのように近いと感じていたけれど、いざ実際の中学生を見てみると、今の自分と、思ったより大きな隔たりがあることに気がついた。考えていたよりも、5年というのは大きいんだなぁ。懐かしい通学路を久しぶりに通った帰り道、季節外れの台風が運んできた涼しい風が、妙に心地よかった。

小学校を卒業する時に、二十歳の自分に宛てた手紙を書いた。残念なことに、わたしは書いた内容を、ずっと忘れることができなかったので、かえって届くのが怖い。あの頃は妙に気取っていたから、ずいぶん生意気なことを書いた、はずだ。どうやら先生は約束通り、きちんと誕生月に届くよう投函してくれているようで、当時のクラスメートから、こんな手紙が届いたよとメールをもらった。わたしのに限って、忘れてほしい気もなきにしもあらず。

いつか大人になった時に考えると、大学生が中学生時代を懐かしむなんて、ほんの些細なことに感じるかもしれない。そう思っても時々、思い出さずにはいられない。

同級生の多くは、地元の高校に進み、大学進学時に一人暮らしを始めたり、遠距離通学を始めたり。だから"地元の友達"と言うとほとんどの人は高校の同級生を思い浮かべる。しかし、これは藝高の先輩や同級生も言っていたことなのだが、藝高生にとって、地元の友達は"中学時代の同級生"であるため、そこで"地元の友達"と少し温度差を感じてしまう。周りは自分より冷めていると感じた日には、妙なさみしさに襲われる。音楽高校のみならず、高校で地元を離れた人には、似たような感覚があると思う。

先日、帰宅が夜遅くなったので帰りの電車で夕食を食べて帰宅した。家に上がって食卓を見ると、わたしの席にはがきが1枚置いてあった。市からの成人式の招待状である。式の日の夜には中学の同窓会があるはず。市内に高校はないので、いくらみんな県内の高校に行っていたと言っても、中学の同級生に会うのはそれぞれ久しぶりであろう。その時は、わたしだけが浮くことなく、楽しめるだろうか。あまりはしゃいでもいけないと思いつつ、楽しみだし、でも少し緊張する。

本文とは全く関係ありませんが、掲載日がアドルフ・サックスの誕生日だったので。


ーWebアッコルド「音楽 × 私」より 2013年11月6日掲載


リレーコラム共通質問

Q.寒い季節は好きですか?(その理由も)

A.どの季節もわりとまんべんなく好きなので、冬になったから特別「テンションあげ!!」とはなりませんが…誕生日やクリスマスがあってプレゼントをもらえるイメージはあります笑 寒くなるとつい、ほしいものを考えてしまいますが、一方で、学年末試験が近づいてくるなぁ…という心境でもあります笑

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