リレーコラム第11周『見習い』

見習い

母校に教育実習の申し込みに行った。

実習は来年度である。今年はひとつ上の先輩たちの番だ。

何も必修ではない教職課程。取ればもちろん授業は多い。それでもわたしが教職に興味を持ったのには、とある委員会に所以がある。


何をしているのかわからない謎の組織

藝高にも一応、いやいや、きちんと生徒会があって、その中に一風変わった委員会がある。

その名もルバート委員会。ルバートとはイタリア語で「自由に、任意に」を意味する。音楽用語のひとつでもあり、譜面にルバートと書かれていたら、アドリブよりはかかっちり目で自由に奏する。

その実態は藝高生にすらあまり知られておらず、かつての生徒会役員のひとりに「何をしているのかわからない謎の組織」というキャッチフレーズを与えられたほどだ。

…とおもしろがったところで、実際のところは平たく言うと「広報委員会」で、校内新聞を発行するのが仕事だ。そんなシンプルな仕事のもとに、いつも強烈なメンバーが集うのはなぜだろうか。


その名もルバート委員会

わたしがルバート委員会に入った時、その存在は風前の灯で、委員長は生徒会長からもっと仕事をしなければルバートの存続は無いと言われたそうだ。なにせ新聞を発行するのは年2回、教育実習生のインタビューを載せるだけ。謎の組織と言われても仕方がない。

どこか頼りなそうに見えるお坊っちゃま風のファゴットの3年生が委員長で、上品だけれど不思議な貴公子オーラをまとったヴァイオリンの2年生が副委員長。他の委員もいたのにその2人の仲がやたら良く、初めからその謎の雰囲気に圧倒された。

しかし2回目の委員会の時に、好きなドラマの話で、わたしは不思議な2人の先輩とすっかり意気投合してしまった。委員長とは『古畑任三郎』で、そして3人で『相棒』はいいよねと盛り上がった。以来わたしはルバートの実質幹部として働くようになる。

教育実習生が来たら、その日のうちに顧問の先生から名簿をゲットして担当を決め、翌日か翌々日にはインタビューへ。Q&Aをまとめて似顔絵を描いた細長い用紙を、一枚の紙の上にレイアウトした簡単な新聞を翌週月曜日ごろ発行して、全校生徒に配ったら業務完了、次の仕事は半年後だ。 かくして1年生ながら、別の担当者の似顔絵を代わりに描いたり、わたしがレイアウトをしたりしているうちに、自然に副委員長、そして3年の時には委員長になっていた。 

わたしが委員長の時は好きにやっていた。生徒総会では「藝高の特命係~何をしているのかわからない謎の組織~」(注:特命係=ドラマ『相棒』で主人公が所属する窓際部署)という新マニュフェストを発表、委員会の地名度を上げ、汚名を逆手に取って返上した就任あいさつが名演説として語り継がれていない。もっとも、わたしと先の委員長たち以外の委員は相棒ファンではないという、委員長の好みによる振り回されっぷり。

もともと年に6回発行したこともあるらしく、歴史を踏まえ、せっかくなので夏にも一度発行した。先々代の委員長時代から公約に掲げている「藝高の七不思議を取り上げる」をついに実現、生徒会が毎年発行する生徒総監の付録ページに載せてもらった。

そもそも生徒総監を発行している段階でだいぶおもしろいが、これは門外不出のマル秘ものである。これのおかげでわたしたちは全校生徒を把握していて、ほぼすべての生徒が学年を越えてお互いの顔と名前とだいたいの出身地を知っている。


特命係、異動する

こうしたわけで毎年全部の教育実習生を把握して広報活動に励んだわけだが、そうこうしているうちに実習生に憧れを持った。教えることがすごく上手な方も何人もいて、わたしもやってみたい、と思ったのが教職を取るに至ったきっかけだ。

『相棒』のドラマ中で、警察庁(国家公務員)から警視庁(地方公務員)への異動やその逆が描かれているが、わたしの周りの相棒ファンの内では、藝高を警視庁、藝大を警察庁に例えている。

今は警察庁に異動した「藝高の特命係」であるが、このたびわたしの上司が今年、わたしも来年警視庁へ「出向」する。今はどんな「特命係」になっているのか、少し楽しみであり、伝統のちょっぴり気恥ずかしい質問もよく知っているので、それが残っているかと思うといくらか緊張する。

何より、ルバート委員としてはベテランでも、教師の卵になるために行くのであって、立場として我々は蕾未満だ。才能溢れ個性たっぷりの高校生と対峙する2週間の見習い期間は、ハードであることに違いない。


インスペクター

先日、大学の弦管打楽器専攻生必修の学生オーケストラのインスペクターになった。毎年3年生の高弦、低弦、木管、金管打楽器から1人ずつ。4月の内は移行期間で、前年度の先輩が仕事をしてくれている。言わば見習いなうだ。

インスペクターとはオケの運営をスムーズにするための役職で、ヴァイオリンであればパートや座席を決めたりするし、出欠を確認したりする人事担当のようなものだ。

高弦は知っている限り各学年の「デキ女」(=仕事ができる女子)な先輩方が務めているため、その歴史を無駄にせぬようしっかり仕事をしなければならない。本格的にインペク業を始める5月の定期演奏会に向けて、着々と準備をしているところだ。

着々と? いやいや、時間をかけている割に仕事はなかなか進んでいない……乗り番決めが途中のまま、コラムを書いている程度には現実逃避中だ。(嘘です。一応なんとか業務はしております。)


ーWebアッコルド「音楽 × 私」より 2014年4月28日掲載


リレーコラム共通質問

Q.ご自身にとって、弦楽器の魅力は?

A.弦楽器の魅力…不思議と考えたことがないなぁ、わたしにとって難しい質問です。 弓の返し目って、音が途切れてしまうリスキーな場所だけれども、弦楽器らしい音を持つ部分でもあるように感じます。それからわたしは完全5度の音程がとても好きなのですが、これは5度で調弦するヴァイオリン属を扱う影響かな、と思います。